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「日本の眼」で見出されたスリップウェアの美


 英国では殆ど顧みられなくなっていた「英国スリップウェア」の全体像が明らかになっていくのは、1920年(大正9)にリーチが濱田を伴い帰英してからのことです。

その時の様子は濱田の「滯英雑記(スリツプ・ウエア)」に詳しく述べられています。リーチと濱田は、ロマックスが本の中で主として紹介していた、17世紀に作られたトーマス・トフトやラルフ・シンプソンら有名陶工による在銘の飾皿等とは、明らかに異なる種類のスリップウェアを発見したのです。これはまさに英国の風土が生んだとでもいえるような、質実で活々とした生命力にあふれるものでした。リーチと濱田はその発見に驚き、自分たちの喜びを伝えるべく、その皿をかかえている写真を日本へ送り届けます(右中段・下段図参照)。


 それらは、18世紀から19世紀にかけてスタッフォードシャー(イングランド中部の州)を中心に、無名の陶工の手により大量に作られた、縞や格子、あるいは抽象模様が自在に描かれた、円形や長方形や楕円形の皿類でした。それらは料理を載せてオーブンに入れる鍋の役割をも兼ね備えたもので、かつては多くの家庭で日常的に使われていたものだったのです。








 柳宗悦が初めてこれらを実見したのは、1924年(大正13)の事です。
濱田が英國から大事に持ち歸つた十枚近くの大皿だつた。それを京都の河井の家で始めて見た時の悦びや驚きは今も忘れない
と、柳は「スリツプ・ウエアの渡來」の中で述べています。


濱田庄司が英国から持ち帰った無銘のスリップウェアは、日常品の中に美を見出すといった彼らの美への直観を確かなものにし、英国日用雑器の埋もれていた真価を世に認めさせるところとなったのです。






十七八世紀のトフトの大皿やその系統の陶器に就ては、既に文獻も多く、特別な書物もあつて、高い市價と熱心な蒐集家さへ持つてゐるのに、時代として一世紀遲れてゐるこれらの皿に就ては、漸く近時少數の好事家と骨董商とが心懸け始めた位で、一般にはまだ珍らしさのために注意を惹くまでにもならず、まして美しさのためには殆ど認められもしない。しかし形といひ模樣といひ手法といひ全體が獨特で、他のデルフトや何かが他國の強い影響によつて出來たのに較べ、これはどこまでも英國らしさから生れた陶器といへると思ふ。大まかで温かく、觀てゐて冷たい批判を忘れる。單に英國だけでなく歐州全體の陶器の中でも、私自身としては性格的にこの種類を第一に推したい。

「滯英雜記(スリツプ・ウエア)」濱田庄司
『工藝』第25號(昭和8年1月発行)より抜粋






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