| スリップ・ウェアのこと 柴田雅章 |
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2002年9月『民藝』(スリップ・ウェア特集号)より
私がスリップ・ウェアと初めて出会ったのは、まだ学生のころ『工藝』のグラビアの写真を見た時です。柳宗悦の『工藝の道』や河井寛次郎の『火の誓ひ』などを読んで、初めて工芸の世界を知った頃でしたが、スリップ・ウェアの写真の皿に描かれた線に、不思議なものを見た様な強い印象を受け、その後ずっと頭から離れずにいました。続いて日本民藝館で実物を見る機会があり、その色調、線、形、存在感など全てに強く打たれました。やがて将来焼物をやって行きたいと思う様になりましたが、焼物の実技についてはまだ何も知らず、スリップ・ウェアと自分との縁は機が熟していませんでした。
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ここで、スリップ・ウェアを理解して頂く為に、スリップ・ウェアという言葉の定義について考えてみたいと思います。先ず“スリップ”というのは「化粧土」(素地の上に掛ける泥漿)のことです。分類は以下に記す大体四つになります。 第一は、器体の一部ないし全体に化粧土を掛けたもので、日本では「白絵掛け」とか「粉引」などと呼ばれているものです。 第二は、成形した器体に少し硬い目の化粧土を絞り出すようにして文様を描いたもので「イッチン」とか「筒描」とか呼ばれるものです。 第三は、成形された器体に一つの化粧土を掛け、続いて二つ目の色の違った化粧土を流し描きしたり、少し濃い目にして絞り出して文様を描いたものなどで、トフト・ウェアと呼ばれるものはこれに当たります。 第四は、日本のものにはない作り方で、素地を平らな土の板にしておいて、これに一つの化粧土を掛け、続いて色の違う化粧土をスポイトやスリップトレイラーと呼ばれる道具から流し出しながら文様を描いていきます。そのまま少し乾かした後、凸型を用いて、文様を描いた面を型に当てて、裏側から手で押えて形を作ります。スリップ・ウェアと言うと、私達はこの第四のタイプのものをイメージしていると思います。民藝館蔵のスリップ・ウェアも、巾の広い縁の付いた鳥文様の描かれたもの 以外の皿は、皆この第四のタイプのものです。つまり第四のもののみをスリップ・ウェアと呼ぶか、第三のものまでなのか、あるいは第一・第二のものも含めて呼ぶのか、明確な定義はないようです。 唯、私は第四の方法で作ったものだけを、自作の中でスリップ・ウェアと呼ぶことにしています。 |
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さて、今から二十年以上も前、友人から東京目白の古道具坂田でスリップ・ウェアが売りに出るとの話を聞き、急ぎ上京し尋ねました。スリップ・ウェアを私が買えるなどと思ってもいなかったので、思い切って一枚を分けて貰い、喜び勇んで帰宅しました。支払いには苦労しましたが、やっと縁が結ばれた気がしてじっくりと表も裏も眺め、触れ、その作り方に思いを巡らせました。丹波には幕末のものに白土と黒土を用いて、流したり描いたりした、先に記した第二・第三の作り方をした広く捉えればスリップ・ウェアと呼べるものがあり、材料は同じです。窯と釉が違うことで、西洋では低火度の軟らかい焼物、こちらは高火度のの硬い焼物になるのですが、もう一つ大切な点は、イギリスのスリップ・ウェアのあの巾の広い大らかな線が丹波のものにはないということです。どう考えてもそれは成型法の違いから来るもので、イギリスのものは先に記した第四の方法、つまり成形する前に粘土板(タタラ)の段階で文様をつけ、その後成形するに違いないと確信しました。そこで最初、素地で型を作り、粘土板に文様をつけて成形してみると、何と出来ました。それから型も石膏で色々作り、釉も試しながら今日まで作り続けています。 スリップ・ウェアを灰釉を用いて高火度の登り窯で作るということは、強度の問題や、釉の鉛の問題もなく、食器としては良いと思います、一方で丹波の土は特に硬く焼き締る分、どうしてもイギリスのものにある軟らかな味わいが出て来ず不満がありましたが、この点は単に写しを作るのではなく、高火度の灰釉はそれはそれなりのものを作っていけば良いのだと考えることにして仕事を進めました。焼物に限らず人間の作り出すものは、いつも他からの刺激を貰い受けて、それを消化吸収して新たなものを作り出していくということを繰り返しています。スリップ・ウェアも過去のものとして眺めるのでなく、大切な種を頂いたものと受け止めて、暮らしの用として新しい展開を前向きに考えていきたいと願っています。 |
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